基礎体力研究所

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2016年度セミナー

「運動パフォーマンスに対する神経的要因の貢献を評価する試み」

渡邊先生

中京大学国際教養学部体育系列
渡邊 航平 先生

2016年度の基礎体力研究所セミナーは,2016年5月21日に中京大学国際教養学部の渡邊航平先生を講師にお迎えし,「運動パフォーマンスに対する神経的要因の貢献を評価する試み」というテーマで実施された.渡邊先生は,筋とそれを制御する神経の部分にフォーカスを当てて研究を進めておられることから,本セミナーでは, 現在の研究テーマである「加齢に伴う最大筋力・歩行機能の低下における神経的要因の貢献」のデータを中心に,ご研究の成果と研究手法の詳細についてご紹介いただいた.以下にご講演の概要を報告する.

はじめに

渡邊先生は,中京大学赴任後,大学主催による高齢者の健康教室(オープンカレッジ)をご担当され,その中で被験者を募集し,年2回の測定を実施しているとのことであった.そのため,高齢者を対象とした研究のためのフィールド作りから研究活動を始められたとのことであった.また,現在主に進められている研究プロジェクトは,5年計画で進行されている内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(2014-2019)であり,これは,「高齢者の健康に対して運動と食事によりどう介入していくか」というテーマの大型プロジェクトであるとのことであった.

最大筋力発揮に規定される形態的要因(骨格筋)と神経的要因(神経筋系)

研究の紹介に先立ち,最大筋力発揮に規定される形態的要因(骨格筋)と神経的要因(神経筋系)についてのメカニズムを解説された.形態的要因については,筋の量をMRI法,CT法及び超音波画像法を用いることで定量化が可能である.一方,神経的要因(神経筋活動)については,脊髄・運動神経から筋に伝播する活動電位を評価する必要があるが,これまで最もスタンダードな手法として採用されてきた表面筋電図や,次いで用いられてきた筋内筋電図ではその定量化は難しいとされてきた.本来,神経筋系の働きを調べるためには運動単位の詳細な活動特性を評価する必要がある.しかしながら,表面筋電図法では,その活動電位の波形は電極付近にある筋線維の活動を集約して記録してしまうことから,それぞれの運動単位の活動については評価することができない.筋内筋電図を用いた手法であっても,運動単位の活動を記録することは可能なものの,検出できる運動単位に制約がある.このように,これまでの手法では,方法論的制約が神経筋活動に関する研究の進展を妨げているというのが実情であった.一方で,近年開発された多チャンネル表面筋電図法の登場により,表面筋電図と筋内筋電図それぞれの短所は補完された.この多チャンネル表面筋電図法は,活動電位の発現位置と波形の情報から個々の運動単位を同定しているため,それぞれの運動単位のプロフィールを分けて記録することが可能ということであった.渡邊先生は,イタリアのトリノ工科大学にご留学された際に,多チャンネル表面筋電図法による測定法を習得されたとのことであった.また,多チャンネル表面筋電図法を用いた研究の一つとして,2型糖尿病患者における特異的な運動単位の発火パターンの存在を明らかにしたことも紹介された.

高齢者における外側広筋の運動単位発火パターンと膝関節伸展最大筋力の関係

高齢者にトレーニングをさせたとき,筋量がどう増えるのか,筋量を増やすためにどのようなトレーニングをしたらいいのか,どういう栄養を摂ったらよいのか,ということは,これまで多方面において論じられてきた.最近のレビューでは,加齢性の筋力低下と筋量低下の割合が一致しないので,筋量の低下のみでは,加齢性の筋力低下を説明できないと考えられているということをまず紹介された.そこで,渡邊先生は,これまで明らかにされて来なかった神経的な要因が高齢者の筋力低下に関与しているのではないかという仮説を立てられ,高齢者の最大筋力と運動単位の発火頻度との関係について調べられたとのことであった.具体的には,高齢者と若年男性の比較から等尺性膝関節伸展運動時の運動単位活動電位を解析し,得られた波形から各運動単位の発火タイミングを検出することで定量評価を実現された.その結果として高齢者では,最大筋力の高い者ほど運動単位の発火頻度が高いという関係性が得られたのに対し,若齢者では,最大筋力と運動単位の発火頻度の間には関係性がなかったことから,運動単位の活動様式といった神経的要因が高齢者の最大筋力,もしくは加齢性の筋力低下に強く関連する要因であることが紹介された.もし,発火頻度が最大筋力自体の規定因子であるならば,若齢者においても両者の関係は認められるべきであるが,この点について渡邊先生は,ランプ上の筋力発揮を行わせた場合,最初に動員された運動単位の発火頻度は高く,後から動員された運動単位の発火頻度は低いというオニオンスキン現象(DeLuca et al. 1982)の観点から若齢者と高齢者の違いを解説された.若齢者ではこのオニオンスキン現象が確認されたのに対し,高齢者では動員される閾値が異なっても同じ発火頻度を示したため,このオニオンスキン現象が成立しないか崩壊した形であることが確認されたと述べていた.加齢に伴う神経筋系の機能的な変化が筋力低下の要因である可能性があるということであったが,今後,この知見をもとに高齢者へ運動介入やトレーニングを行わせた場合,神経筋系の部分にどのような影響をもたらすのかについて明らかにできる可能性があると感じさせられた内容であった.

大腿直筋における部位依存的な機能的役割と加齢がそれに及ぼす影響

多チャンネル表面筋電図法によって可能となった単一筋の活動分布の評価についての研究が紹介された.渡邊先生は,大腿直筋が二関節筋であること,肉離れ等のスポーツ傷害の頻発部であること,さらには脳性麻痺患者の病理的歩行様式に関連していること等から大腿直筋の機能的特性が高齢者の歩行機能の低下にも関連しているのではないか,という仮説を示された.その根拠の一つとして大腿直筋の解剖学的な特徴について触れられ,近位側の腱は,2つに分かれ,それぞれ近位と遠位部の筋線維に付着しているものの両者の神経支配は異なることから,大腿直筋の近位とそれ以外の部位は独立して活動・機能しているのではないかと述べられていた.実験結果では,膝関節伸展時においては,発揮筋力の増大に伴って近位から遠位までほぼすべての範囲に渡って活動が認められるのに対して,股関節屈曲時には,発揮筋力の増大に伴って近位部のみが選択的に活動を強めていることが示された.渡邊先生は,これらの現象から,大腿直筋は一つの筋であるものの,近位部では股関節を曲げるという動作において選択的に貢献していると述べられていた.さらに,実際の歩行データからの知見では,歩行動作中における大腿直筋の筋活動を動作のタイミングと活動している筋の位置をカラーマップで示されたことから大変わかり易いデータを示されていたのが印象的であった.このデータからは,着地時には近位から遠位までの広範囲にわたる活動がみられるのに対して,離地以降のスイング局面においては中央部から近位側にかけて活動が認められることが示された.また,歩行時のスイング局面においては,股関節の屈曲トルクが発揮されていたということであったが,これを若齢者と高齢者で比較した場合には,高速歩行時における離地局面において若齢者は,近位側の活動が強く示されたのに対し,高齢者では近位側の活動が目減りし,遠位側の活動が増える傾向にあったということであった.これらのことから,歩行動作においては,若齢者では股関節の屈曲動作によって足を前方に運んでいるのに対して,高齢者では股関節の屈曲動作よりも膝関節の伸展動作が働いてしまうことで躓いてしまうことがあるのではないかと述べられていた.この結果は,高齢者の歩行時における転倒の要因について生理学的な観点からヒントを提示しているように思われた.

おわりに

以上のように,渡邊先生は,高齢者を対象とした健康教室をご担当されながら,実験実施までといった一連の流れの中で,非常に多くのデータを収集され,筋とそれを制御する神経の部分にフォーカスを当てた研究の実例を非常にきめ細かく解説してくださった.さらには神経筋系のふるまいについて計測することのできる多チャンネル表面筋電図法は,神経筋系の生理学的なメカニズムを新たな観点から明らかにできるという可能性を示してくださったのだと感じられた.また,高齢者における歩行動作では,高齢者の抱える転倒リスクに対して,生理学とバイオメカニクスの手法を合わせて提示されていた点は,非常に興味深く,研究者として好奇心をそそられる内容であったと同時に,健康・スポーツにおける様々な諸問題は,観点や測定方法を変えたり,加えたりすることで我々研究者が議論を展開する余地が十分に残されていると,改めて感じたことから,新たな研究の展開におけるヒントを頂いたように思う.ご講演戴きました渡邊先生とセミナーにご参加された参加者の皆様に心より感謝いたします.

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