基礎体力研究所
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2012年度セミナー
「運動時における熱放散の統合的調節」
神戸大学大学院人間発達環境学研究科
近藤 徳彦 先生
2012年度の基礎体力研究所セミナーは,2013年2月21日に,神戸大学人間発達環境学研究科の近藤徳彦先生を講師にお迎えして行われた.近藤先生は,「運動時の体温調節研究」の第一人者であり,特に発汗機能と身体の適応能力に関する専門家として,多数の学術論文を公表される傍ら,国際誌European Journal of Applied Physiologyのエディターを長年務められている.ご講演では,運動時の熱放散に関する生理的調節機構について,ご自身と他の研究者の研究を豊富にご紹介いただいた.
近藤先生のご講演に先立って,基礎体力研究所所員らの研究発表が行われた.発表者の一人の大上安奈助教(現東洋大学助教)は近藤先生の研究室で博士号を取得されており,大上先生の発表は,恩師へ最近の活躍を報告する機会にもなっていた.大上先生は,「長時間自転車運動における非活動肢の静脈コンプライアンスの変化―静脈と環境温度の違いに着目して―」と題し,運動の継続によって,深在性静脈では常温と暑熱環境下でコンプライアンスが低下するが,表在性静脈では常温環境下で低下し暑熱環境下で変化しないことを示された.したがって,深在性静脈は両環境下とも循環調節を優先し,表在性静脈は常温環境下では循環調節を暑熱環境下では体温調節を優先することが明らかにされた.続いて,佐藤耕平准教授が,「暑熱負荷に対する脳血流の再分配」についてお話された.これまで中大脳動脈の血流速度でしか評価されてこなかった暑熱負荷時の脳血流を,複数動脈で血管径を測定し血流量を定量されていた.その結果,暑熱負荷によって,外頸動脈では血流量が顕著に増加すること,内頸動脈と椎骨動脈では低下し,その低下は椎骨動脈で大きいことが初めて示された.大学院生の小林裕司さんは,「前腕部加温が下肢運動時における上腕動脈の逆行性血流成分を減少させる」という研究を報告された.逆行性血流(心臓の拡張期に末梢側から中枢側へ戻る血流)は血管伸展性などの機能を低下させる可能性があるので,運動時に非活動肢で増加する逆行性血流量を減少させることによって,運動のもつ動脈機能の改善効果がより高まると期待できるそうである.
近藤先生は,運動時の熱放散機構の研究について,多様な角度から解説してくださった.始めに,実験の様子が想像できるよう,先生が使用される環境試験室等の映像を見せてくださった上で,当該分野の研究史を説明された.そして,大学院生の頃に先行研究を調べる中で着眼された研究の内容と,それが現在のご研究にまで発展された経緯を,研究成果を紹介しながら具体的に話してくださった.以下に,先生がお話になった順にご講演内容をまとめて報告する.
1.運動時におけるヒトの熱放散機構の利点
地球上で,マラソンのような長時間運動を行える動物はヒトだけだそうである.ヒトのマラソンの速度では,走運動に長けている馬やイヌであっても15分くらいで疲労困憊して動けなくなる.ヒトのこの能力は進化の過程において重要で,狩りをして高たんぱくを継続的に摂取できたことで脳が発達した,という説はもっともらしいそうである.ヒトは,初期体温が異なっても体温40℃までは運動できる.体温と全身の血圧を維持することが運動の継続に必須であり,発汗がこれを可能にしている.
2.運動時におけるヒトの熱放散機構研究の流れ
近藤先生が大学院生の時に観察された体温と発汗量との関係は,同一体温では運動時の発汗量が安静時のそれより多い,というものであった.しかし,これが先行研究の結果とは異なっていたため,次の疑問をもたれたそうである.
1)運動時における体温変化と熱放散反応の関係はどのようになっているか?
同一体温上で比較して,運動時の発汗量は安静時より常に多いのか?
運動強度が強い場合も弱い場合より多いのか?
2)1)の関係はいつごろから検討されたものなのか?
3)運動時と安静時の反応が異なる理由はなんなのか?
これらの疑問を調べるために先生がよりどころとされた文献は,小川徳雄の「運動と体温」(臨床スポーツ医学,1985),中山昭雄の「温熱生理学」(理工学社),久野寧の「Human perspiration」(American lecture series no. 285,Thomas,1956)などで,これらは海外にも熱放散機構に関する資料が少ない中において優れた著書であった.
熱放散反応の研究は,1900年代中ごろに,それまで時間だった横軸を体温に置き替え,縦軸を反応にする体温調節のシステムを捉える図が出てきて進展した.1930年代は,Nielsen Mのように運動時には体温のセットポイント(この言葉は現在では使われない)が上昇するという実験結果と,Benzinger THのように汗は常に体温にdependentなものという実験結果があり,見解が一致していなかった.1950年頃Robinson Sが,体温に対する発汗量は運動時が安静時より多いことを示した.1960年代には,Van Beaumont Wが体温・皮膚温が変わらないときに発汗が増えることを確かめ,体温以外の発汗調節入力を初めて実験的に示した.そうして,発汗の調節要因を分離し,単独作用を明らかにする必要性が認知され,1980年代後半から関連研究がさかんに行われた.
3.非暑熱性要因の影響
1)単独作用
発汗調節の単独作用を運動にかかわる要因として初めて分離した研究は,恐らくMusclemetaboreceptor modulation of cutaneous active vasodilation (Crandall CG et al., 1998)である.運動後虚血で筋代謝受容器を賦活させると発汗量が増える.このとき皮膚血管コンダクタンスは運動で低下した分が安静レベルまで戻っておらず,皮膚血管は収縮した状態と考えられた.筋代謝受容器は発汗量を増やす要因のひとつであり,また皮膚血管を収縮させる要因のひとつであることが示された.その後関連研究が増え,最近では,要因のプラスマイナスや関係の有無が分かってきた.
2)相互作用
相互作用について,近藤先生の実験結果を紹介していただいた.ハンドグリップ運動後に阻血をして筋代謝受容器反射の活動を高めておき,下腿筋をストレッチさせて筋機械受容器を刺激し,インタラクションがどのように起こるかを調べた.運動の試行は,①ストレッチのみ,②35%等尺性最大筋収縮力のハンドグリップ運動後に阻血+ストレッチ,③50%等尺性最大筋収縮力のハンドグリップ運動後に阻血+ストレッチであった.発汗反応や血流反応において,①と,②や③に差がなければ筋代謝受容器からの入力があってもなくても筋機械受容器からの入力の反応は同等で,もし差があれば相互作用で片方の入力がマスクされたり,余分に大きくなったりする作用が調節系で働いていると考えられる.結果は,有意差はないが心拍数の増加は①>②>③で,血圧の増加は①>②<③(②は①と有意差あり,③は①と有意差なし)であった.これは,おそらく筋代謝受容器からの入力の大きさに差があったためと考えられる.また,汗の増加は有意ではないが①>②>③と減っており,相互作用があったと考えられる.ここで,参加者の先生から,「筋代謝受容器反射と筋機会受容器反射では経路が違うので,両者がインタラクションしているならば中枢で起こるのか?」という質問があった.これに対して近藤先生は,異なる四肢の運動なので,循環中枢や孤束核を経由して視床下部に入力されたのだろう,と説明された.
次に,心肺圧受容器(下半身陽圧と下半身陰圧による刺激)と筋代謝受容器の関係について,カナダのグループの研究を紹介してくださった.汗の反応は,前述の近藤先生の実験結果と同じであった.皮膚の血管調節は若干違い,体温が高く皮膚の血管拡張が強く起きているときに下半身陽圧がかかると血管拡張が増える.心肺の刺激に関しては筋代謝受容器が働き,体温が高い場合には入力が増えて反応が大きくなるそうだ.
4.暑熱性要因と非暑熱性要因との相互作用
膝から下を暖めた状態で等尺性運動(体温は上がらず,セントラルコマンド,筋機械受容器,筋代謝受容器の入力が高まるモデル)を行うと,体温があまり上昇していない時点で汗は増える.しかし体温が少し上がってくると汗の増加は少なくなってくるので,おそらく,体温が上昇すると体温以外の要因の影響は小さくなると考えられる.これは近藤先生の2002年のデータだが,先行研究を読み返してみると,実は1963年にVan Beaumont Wが既に予測していた.そこでは,汗に依存しない要因は運動の初期に重要で,運動が継続されていくと汗は体温にコントロールされるだろうと書かれてあった.近藤先生は,私たちのコンセプトは決して新しいことではなかった,と謙遜を交えて次のように説明されながら,話を今後の研究の展開へと移された.温度が上がってくると汗も増えて血管も拡張してくる.そのときに,こうした温度に依存しない入力が働くと汗に対してはプラスで,少し余分に汗を出してくれ,そして皮膚の血管に対しては拡張度を抑えるのではないかと想像できる.これは身体全体の血圧を保つにはとても有効に働くので,筋や脳の血流を維持しながら運動を継続できるのではないか.少し血管の拡張度を下げると,おそらく熱の放散にとってはマイナスになる可能性があるので,その分汗を余分に出させて保障的な作用をしているのではないか.実際には未だ分からないので今後の課題であり,更にいろいろな相互作用を知ることと,それらが実際の運動時にどのように作用して体温の上昇を抑えているのかを調べる必要があると語ってくださった.
また,体温調節機能を活かしたトレーニング方法も検討しているとのことである.大腿をカフで虚血しながら50分間の運動を行うと,体温はほとんど変わらないが発汗量は増える.皮膚の血管コンダクタンスは,前半20分は変わらないが,後半は血管拡張が抑えられるという現象がおきて,おそらく温度に依存しない要因の入力で汗は少し増えて血管拡張は抑えられるという現象が見られたと考えられる.今後の展開として,カフを巻いて運動すると体温調節は改善されることを用いて,実際的なトレーニング方法を開発していかれるそうである.
ご講演の後も,近藤先生のデータに関する質問や国際誌に論文を載せるためのアドバイスを求める声がいくつもあり,しばらくディスカッションや説明が続いてセミナーは終了した.専門性の高いお話に加え,研究に取り組む姿勢もみせてくだった近藤先生と,先生と共に有意義な会を作ってくださった参加者の方々に心より感謝いたします.