基礎体力研究所
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2008年度セミナー
「動脈スティフネスに対する身体活動とその機序」
菅原 順(テキサス大学)
テキサス大学の菅原順先生による本研究所主催セミナーが2008年6月9日(月)に基礎体力研究所会議室で開催された。前半はアメリカでの研究生活や研究動向を、後半は動脈硬化予防に対する運動の効果に関するお話しをしていただいた。概要は以下の通りである。
1. アメリカ留学までの経緯
はじめに,菅原先生が学位を取得されてからテキサス大学に留学されるまでの経緯をお話ししていただいた。菅原先生は2000年3月に筑波大学大学院博士課程を修了され、学位を取得された。松田光生先生のもとで心拍変動スペクトル解析を用いて運動選手の心臓自律神経機能に関する研究を行っていたとのことである。
その後、2年間、筑波大学先端学際領域研究センター(TARAセンター)において、久野譜也先生のもとでポスドク研究員として研究に従事されていた。この間、2001年にコロラド大学の田中弘文先生のもとに1ヶ月間短期留学され、これが現在のテキサス大学への留学のきっかけとなったようである。
2002年4月より産業技術総合研究所の研究員として研究に従事されており、2006年7月(2007年4月からは日本学術振興会・海外特別研究員として)からテキサス大学の田中弘文先生の研究室に留学されており、現在に至っている。
2. アメリカでの研究生活
テキサス大学はテキサス州にいくつもの校舎を持っており、その中の一つであるオースティン市に菅原先生は留学されているとのことである。オースティン市は治安もよく、緑が多い町で、一年を通して晴れの日が多く、非常に生活しやすい町であるとのことであった。
テキサス大学の田中先生の研究室には3つの部屋があり、1つは学生の控室、もう2つは実験室(安静時および運動時の生体反応測定用)になっており、安静時の測定用実験室には、超音波装置、血圧波形から動脈硬化を推定する機械(中心動脈圧などを推定)およびFMD測定に利用するための加圧装置等が置かれているようである。一方、運動時の測定用実験室には、呼気ガス分析機2台、トレッドミル2台、自転車エルゴメーターが置かれており、さらに、血液検査など生化学系測定も可能となっている。
アメリカの大学における1年の研究の流れは、日本の大学とは異なるようである。6月および7月には授業もほとんどなく研究・実験をするのに適している時期であり、また、正月という風習がないため1月2日から仕事が始まるようである。
3. これまでの研究成果
動脈コンプイライアンストと運動トレーニング
高齢化社会が進む現在、医療費の高沸が問題となっており、特に循環器疾患にかかる費用が最も高い。さらに、介護の観点から考えても循環器疾患の影響は大きく、このような疾患を予防することは非常に重要であることから、菅原先生は循環調節の中でも特に導管動脈(大動脈や頸動脈)のコンプライアンス(伸展性)に関する研究をなされている。コンプライアンスと同様に血管の性質をあらわすスティフネス(硬さ)に関する研究は2004年以降、指数関数的に増加しており、この理由として、血管スティフネスが心臓病のリスクファクターになりうることが1999年に報告されたためであり、現在、臨床医学的に注目されている話題の一つであるとのことであった。
動脈スティフネスと運動に関する研究において、動脈コンプライアンスは加齢に伴い低下するが、運動を実施することでその低下が緩やかになることが報告されている(Tanaka et al. 2000)。では、どの程度の運動強度であれば効果があるのか?これを明らかにするために加速度計を内蔵した万歩計を用い、閉経後の女性において1日の運動量と頸動脈の血管の硬さを検討した結果、日常的に中強度以上の運動を行っている人ほどコンプライアンスが増加すること、さらに、総運動量を等しくし(900kcal/week)、中強度と高強度の運動トレーニングを12週間行った場合、動脈コンプライアンスは同程度改善されることを示された。
では、どのようなメカニズムにより持久的な運動が動脈コンプライアンスを改善するのか?血管の硬さを規定する要因として器質的要因と機能的要因があり、後者が関連する、つまり、運動により血管内皮機能が改善されたり交感神経活動レベルが低下したりすることで動脈コンプライアンスが改善するのではないかという仮説を菅原先生のグループは検証された。65~75%HRmax強度の運動を30~45min/day、12週間実施するトレーニングを行った結果、頸動脈コンプライアンスの改善には、血管内皮機能の改善ではなく交感神経活動水準の低下が関与することを明らかにされた。
四肢の血流量と運動トレーニング
四肢の血流量の低下もまた心血管系疾患に関連する。持久的な運動トレーニングにより運動時の四肢血流量の増大および血管内皮機能の改善がみられるが、安静時の血流量増大はみられない。その原因を明らかにすべく前述のような12週間の運動トレーニング実験を行った結果、トレーニングにより交感神経活動の亢進および血管内皮機能の改善がみられたことから、血管の収縮作用・弛緩作用の両者のバランスによりトレーニングを行っても安静時の四肢血流量は変化しない可能性を示された。
交感神経活動による血管toneの調節
これまでの研究をみてみると、運動トレーニングにより頸動脈における交感神経活動は低下するが、四肢のそれは増加するといった部位により異なる結果となった。これはそれぞれの部位における役割が異なる、つまり、身体各部位の特異性によるものであると考えておられるようである。
4. まとめ
菅原先生は、What’s new ? What’s significance ?を常に念頭に置き研究を進められていらっしゃるとのことであった。
最後に、学外の研究者をはじめ、学内の先生方、大学院生が本セミナーに多数参加されたことに感謝の意を表します。