資格・就職
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髙橋 麗(2021年舞踊学専攻[現ダンス学科]卒)
■スターダンサーズ・バレエ団
ニチジョで学んだ教えを糧に
プロとして役を生きるダンサーへ
<2026.01収録>
ニチジョでの時間が今の私を作ってくれた
祖母が営むバレエ教室で、2歳のときバレエを始めました。母もバレエ教師をしていたため、小さい頃はからスタジオで過ごしていましたね。ただ将来ダンサーになるんだという特別な想いはなく、親からも「まずは勉強が大切」と言われてきました。
ニチジョ進学を決めたのは、祖母の母校ということ、そして教職の資格が取れるというのが大きな理由でした。ダンサーとして踊っていくにしても、資格は強みになるはずです。
コンテ、ジャズ、日舞、タップと、ニチジョでいろいろなジャンルのダンスに触れ、とてもいい経験になりました。ずっとクラシック・バレエ一筋でしたが、踊りと表現の幅が広がったと思います。それにニチジョはみなさん個性的。あまり自分を出すことが得意ではなかったけれど、いつの間にか私も自分の意見を言い、自己表現を少しずつしていけるようになりました。

教職課程では、さまざまな生徒がいる教育の場でも柔軟に対応できる考え方を学べたと思います。教職をとっていた仲間と夜な夜な勉強したり、互いに授業をして気付いたことを伝えたり、ポジティブな会話で高め合い、濃密な時間を過ごしました。ニチジョでのあの時間が今の私を作ってくれました。
ニチジョにもたくさんのダンス系の部活がありますが、私は専門がクラシックバレエだったため、外部の公演などで踊っていました。2年次には、地元の恩師の追悼公演で「ジゼル」を全幕踊りました。役作りを行い、"作品の中に生きる"という経験を初めてできた舞台でした。
3年次になり、ダンサーか、教師の道に進むかという悩みが訪れました。そんななか「チャレンジしなさい」と背中を押してくださったのが渡辺碧先生です。先生は知り合いのダンサーを通じ、バレエ団の雰囲気や給料を調べてくださったりと、頼もしく支えてくださいました。バレエダンサーになるなら今しかないと思い、バレエの道へ進もうと決めました。

ジュニアカンパニーから団員へ
オーディションを受け、スターダンサーズ・バレエ団のジュニアカンパニーに入りました。ジュニアカンパニーの契約は2年間です。この2年間を全力で頑張ろうと心に誓いました。ジュニアカンパニー公演『ドン・キホーテ』でキューピットを、カンパニー公演『くるみ割り人形』では花のワルツを踊らせてもらったりと、舞台を踏むこともできました。その成果か、準団員に昇格することができました。ただ準団員になったからといって、団員になれるとは限りません。「1年間だけ続けてみよう、ダメだったら辞めよう」と、自分の中で期限を設け、改めてバレエに打ち込みました。
団員昇格を告げられたのは、準団員になって4ヶ月後のことでした。もう頭が真っ白になりましたね。ジュニアカンパニーから準団員になったのも、準団員から団員に上がったのも、初めてのケースだそうです。 母に電話で報告すると、泣いていました。「ダンサーに限らず、好きなことをしなさい」と言ってはくれていたけれど、やはり嬉しかったようです。

プロとして絶えず自分を高め
役を生きるダンサーになりたい
ついにプロと呼ばれる世界に入ったんだ。そう思うと、踊るのが怖くなりました。もっともっと鍛えていかなければいけない、それには練習を重ねるしかないと、気を引き締めました。今でも舞台は緊張するし、怖さはあります。でもやることをやるしかありません。 入団後は、バレエ団の全公演に出演しています。ツアーで地方をまわったり、学校巡回公演で子どもたちの前で踊ることもあります。 バレエ団ではコンテンポラリー作品や振付家の新作を上演することもあって、クラシックの技術だけでなく、それぞれの個性が求められます。そういう意味でも、ニチジョでの経験は大きいですね。古典を極めるには大学生活は遠回りだといわれるけれど、私にとってはなくてはならない時間だったと思います。もう一つ、コミュニケーションの仕方もニチジョで身につけた大切な教えです。踊りとなると、先輩後輩関係なくみな同じ。ただ相手への敬意はきちんと払い、礼を尽くすよう心がけています。
目指しているのは、何でも吸収して、どんな役でも素直に表現できるダンサーになること。演じるのではなく、作品の中でその人として生きる、そんなダンサーになりたいという想いがあります。 バレエ団に入って、少しずつできることが増えてきて、同時にできないこともわかってきました。自分自身を知ることは大切で、それを踏まえて練習を積み重ねていくことが。絶えず自分を高め、ステップアップしていけたらと思っています。


