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スポーツ用品業界の現状と未来 ~ スポーツマーケティングについて ~
中村 薫さん
■ミズノ株式会社 営業統括本部営業推進部 シニアアドバイザー
今回お越しいただいたのは、ミズノ株式会社の中村薫さんです。中村さんは早稲田大学を卒業後にミズノ株式会社に入社。プロモーション業務やトップアスリートとの契約業務に長年携わってきました。スポーツビジネスの最前線でどのようにスポーツを支えてきたのか、豊富な経験に基づく生の声をお聞きしました。司会進行は、陸上競技部のコーチであり、日本オリンピック委員会などでも活動している石塚浩教授が務めました。
<2019.06収録>
ミズノのDNA「ええもんつくんなはれや」
私は大学卒業後、定年までミズノに在籍し、現在は定年退職後の再雇用制度で勤務しています。販売促進やプロモーションのほか、トップアスリートや国際陸上競技連盟、日本スケート連盟といった競技団体との窓口も担当し、オリンピックも1988年のソウル大会から2018年の平昌大会まで関わりました。世界陸上は14大会、世界水泳は6大会に関わり、1991年に東京で開催された世界陸上では、同大会で当時の世界記録を樹立したカール・ルイス選手も担当しました。今日はこうした実体験をもとにお話をさせていただきます。
ミズノは1906年創業の歴史の長い会社です。創業者の水野利八はものづくりが好きで、「ええもんつくんなはれや」が口癖。現在も、すべてのものづくりに妥協することなく、限界に挑むアスリートや、スポーツが好きな人、そして一般生活者に向けても「とにかくいいものをつくろう」という考え方が根付いています。経営理念は「より良いスポーツ品とスポーツの振興を通じて社会に貢献する。」というものです。
長い歴史の中ではオリンピックとも深く関わってきました。始まりは1924年の第8回バリ大会で日本選手団にユニフォームを提供したこと。日本女子体育大学のOGである人見絹江さんが、日本人女性で初めてオリンピックに出場し、金メダルを獲得した1928年の第9回アムステルダム大会でも、ユニフォームはミズノが製造しました。2020年もミズノでは全33種目のうち、水泳やソフトボール、体操、柔道、卓球(女子)、バレーボール(女子)など13種目でウェアなどのサプライヤーとなり、日本代表をサポートします。
サービス事業とグローバルビジネスに注力
ミズノは現在、従業員が約5,100名です。大阪と東京の両本社制で、国内には9つの支社があります。売上高は2019年3月期で約1,800億円。ただ、2つの世界的スポーツブランドであるN社とA社の売上高は、それぞれ数兆円規模です。ミズノはこのBIG2に対抗していくわけです。
ミズノの売り上げの内訳をカテゴリー別に見ていくと、ランニングシューズのほか、野球やゴルフのスパイクなどの「フットウェア事業」が29.6%。ウェアなどの繊維商品、つまり「アパレル事業」が30.2%。野球のバットやテニスのラケットなどのスポーツ用具を意味する「イクイップメント事業」が22.2%。最後に、「サービス事業」が18.0%です。「サービス事業」とは、スポーツ施の管理、運営事業です。日本女子体育大学の陸上競技場もミズノが施工したもので、一般生活者が健康なからだをつくるためのカリキュラムづくりなども行います。今後はトータルにスポーツをサポートできる強みを生かして、この「サービス事業」に力を入れていく方針です。
また、国内外での売り上げ比率は、国内が約7割、海外が約3割です。海外の内訳は、国内を含めた全体でアジア・オセアニアが13%、ヨーロッパが8%、アメリカが約10%です。海外には4つの支店と、15の子会社の全19拠点のネットワークがあり、今後さらにグローバルビジネスを拡大させていきます。支店や子会社のない地域には代理店を経由して商品を販売し、代理店はイスラエルにもあります。紛争地域ではありますが、スポーツは誰もが楽しめるもの。販売実績も伸びています。近年は東南アジアでの売り上げも拡大中ですし、人口の多い中国やインドでもさらなる売り上げアップを見込んでいます。
「作る」「売る・広める」「支える」の3本柱
国内外でビジネス展開するミズノの屋台骨は、「作る」「売る・広める」「支える」の3つです。「作る」は、素材などの研究開発からデザインの企画、工場の管理を含めた生産まで。それを「売る・広める」、つまり購入してもらうための仕掛けをするのが、マーケティングや営業、宣伝、販売促進、プロモーションといった業務です。「支える」は、物流の管理や、品質保証、法務、経理、人事、総務など。どの会社にもある間接部門ですが、支える人がいて初めてビジネスは成立するもので、派手ではないですが不可欠な部門です。
多くの人は商品の企画や開発、プロモーションなどの職種を希望しますが、ミズノではジョブローテーションによって「作る」「売る・広める」「支える」の業務を幅広く経験します。その中で、お客様の生の声を直接聞くためにも、一度は営業を経験するという考え方です。
「作る」とは、"魅力"の取捨選択
ひとつの商品を世に送り出すまでには、お客様のニーズを調査するところからスタートし、企画や設計、デザインのほか、コスト管理もしながらものづくりを進めます。仕様が決定したらどの工場で生産するかを決めて、資材の調達も忘れてはいけません。生産計画の策定、売り上げや利益の予測、資材や生産した商品の在庫管理も行います。
例えばランニングシューズなら、まずは様々なニーズをもとにデザイナーが意見を出し合い、ラフスケッチや大まかな設計図を描きます。ただし、優れた機能や理想的な"カッコよさ"を実現できても、莫大な開発コストや生産コストによって販売価格が高くなり、結果的に購入してもらえないとなるとビジネスは成立しません。みなさんも20万円もするランニングシューズは買わないと思います。ですから、売れる商品づくりのためには、"魅力"や機能の取捨選択が必要。最低限守るべきスペックを設定した上で、何を削って何を加え、いかに効率的に生産するかを考えます。
「作る」とは、テクノロジーと"感覚"の融合
もうひとつ「作る」の具体例として、スピードスケート用のウェア開発事例を紹介します。スピードスケートは、滑走時の空気抵抗を抑えることが大事な競技。体幹を安定させ、低い理想的な姿勢を後半まで維持させることが重要です。この理想的な姿勢をウェアでサポートすることをコンセプトに、日本スケート連盟とタッグを組み、協力してウェアを開発しました。
第一段階では、からだを強く締めつける素材を多用し、空気抵抗を起こす表面積を小さくするウェアを試作しました。しかし、選手からは違和感を訴える声が上がったため、強く締めつける部分とそうでない部分の素材の組み合わせについて試行錯誤を繰り返しました。また、凹凸のある素材が気流を安定させ、空気抵抗が小さくなる点にも着目し、凹凸が粗い素材と細かい素材の組み合わせも検討しました。
それぞれの素材は、筋肉の動きに応じて使い分けます。筋肉の動きを知るためには、まずはモーションキャプチャーによってデータを収集し、3DCGデータに変換。活発に使う筋肉とそうでない筋肉を色分けするなどの処理をした上で、ウェアの基本パターンを設計します。その後は、選手一人ひとりの体型や要望に応じて調整。これがトップアスリート向けのカスタムフィッティングです。感性が研ぎ澄まされ、とても示唆に富んだ使用感を語ってくれるトップアスリートと一心同体となり、ときに感覚的な要望を咀嚼して商品開発に生かすことが「作る」の使命です。一般向けには機能を絞り、安価なものを含めた幅広い価格帯で商品化していくわけですが、トップアスリート向けに研究開発をするからこそ、一般向けにもよりよい商品を生み出せるのです。
「売る」とは、"魅力"を発信し、"ニーズ"を受信する場
できあがった商品は様々な店舗で販売されます。販売ルートを開拓するのは営業の役割。スポーツ用品専門店から大型スーパーまで、店舗ごとの客層やニーズを考慮して、どんな商品を販売するかを"バイヤー"に提案します。商談が成立して、店舗に商品を納入することが「セルイン」、店舗で商品の付加価値を魅力的に伝え、消費者に購入してもらうことが「セルアウト」です。
また、神田・御茶ノ水にある「エスポートミズノ」をはじめとして、全国には直営店が15店舗あり、小売部という部署が「セルアウト」まで担当します。直営店は、商品が消費者のニーズに合致しているかどうかを確かめ、消費者の声を細かく深く把握する場でもあります。集めた多様なニーズを「作る」にフィードバックして、次の商品開発に生かすのです。これはスポーツ用品業界に限らず、「ものづくり」の循環です。
「広める」とは、"かっこいい!"と思わせる仕掛け
「売る」と密接に関わるのが、「広める」です。販売促進策としてキャンペーンなどを行い、ブランドの魅力を伝えることがミッションです。ミズノで重視しているのは、チームや選手と「ブランドアンバサダー契約」などを結び、試合やイベントなどで商品を使用してもらう「エンドースメント」の推進です。現在の契約件数は、有名選手を中心に約400件。有名選手が身につけたウェアを通じて、ミズノのロゴの視認性を高める"仕掛け"もします。例えば、どんな色でロゴマークを付ければ「MIZUNO」ロゴが目立つか? 色使いも大事なポイント。テレビのスポーツ中継などでウェアを見た消費者に「かっこいい!」「買いたい!」と思わせることが目的です。
過去には、フィギュアスケートの羽生結弦選手が着た日本スケート連盟公式ウェアをベースにして、同じ柄を使ったウェアを販売したケースがありました。すると消費者は「オリンピックで見た!」と興味を抱くわけです。この興味を店頭での「売る」につなげる仕掛けが、マーケティングです。また、フィギュアスケートを題材にしたアニメとタイアップしたケースでは、主人公に日本代表ウェアを着せたイラストをミズノの公式サイトで公開し、大きな話題になりました。公開と同時にオンラインショップでは公式ウェアのレプリカ販売をスタートし、大きな売り上げにつながりました。
「支える」とは、企業を"健康体"にすること
商品の販売後には、債権管理を行う経理業務が不可欠です。債権管理とは、売り上げた分の金額をきちんと回収するための業務。「現金は企業の血液」ともいわれ、売り上げ金額を回収して初めて、従業員給与の支払いや、次の商品開発に向けた投資などに使用できるのです。
また、ある店舗と初めて取り引きをする際には、どんな優良店舗だとしても、担保として保証金などをいただいています。こうした管理を行うことも、経理の大切な業務です。企業の存続と健全な経営には、経理などの間接部門があってこそです。
変わりゆくスポーツ産業。求められる対応力
ここからは、未来に向けたトピックです。ミズノは、今までどおりのスポーツ用品の製造販売だけでは成長できないと考えています。社会の変化に乗り遅れず、対応できてこそ生き残れるものです。昨今の社会変化を表すキーワードには、少子高齢化やインターネット社会、シェアリングビジネス、働き方改革、人生100年時代などが挙げられます。ターゲットはスポーツをする人だけではなく、広く「一般生活者」です。
世の中には、スポーツが好きではない人もたくさんいます。ただ、その中にも健康に興味がある人はいます。自分ではスポーツをしないものの、観戦や応援は好きという人もいます。これらの層にも従来のノウハウを生かして「ええもん」をつくってアプローチし、みなさんをハッピーにしたいのです。
例えば、働く人のウェアづくりである「ワークアパレル」分野では、多くの競技で日本代表のウェアなどを開発してきたことで培ったノウハウを、物流や製造などの企業ユニフォームなどに応用しています。肩の動きを妨げないウェアは、動きやすさを重視する物流や製造などの企業において付加価値の高いユニフォームとして好評です。
また、ファストファッション業界でも暖かいインナーが人気ですが、ミズノは特許技術を用いた吸湿発熱素材である「ブレスサーモ」を先駆的に開発してきました。ほかにも、破れにくい素材や、衝撃に強い素材、耐湿性の高い素材などもあり、スポーツ選手から集めた要望をもとに開発した素材を組み合わせて、広く一般生活者にメリットのあるウェアづくりを進めています。よりデザイン性を追求した例としては、有名アパレルブランドとコラボレーションしたスニーカーもあります。
さらに、腕時計の部品や、自動車のガソリンタンク、車いすのホイール、高速道路の料金所に設置されている誤侵入防止用のバーなどには、ミズノ製のカーボン素材が採用されています。これらには、ゴルフクラブのシャフトで使われている、軽量で衝撃に強い折れないカーボン技術が注ぎ込まれています。
一方、今後の注力分野であるサービス事業では、子ども向けの健康プログラムを作成し、家族連れで賑わう大型商業施設でイベントを開催することもあります。健康という切り口で、集客増加を目指す小売り企業のニーズに応える取り組みです。同様に、地域住民の健康増進を目指す行政との連携事業や、文部科学省の「日本型教育の海外展開事業」として、ベトナムの小学校に運動プログラムを輸出するプロジェクトも展開中です。
"3つのF"を兼ね備えた人材とともに
こうした多彩なビジネスを発展させるためにミズノが求める人材像は、「何よりも明るい人」「柔軟な思考や発想ができ、バイタリティーにあふれる人」「心身ともに健全である人」です。そして入社後には、「Fair play(フェアプレイ)」「Friendship(フレンドシップ)」「Fighting spirit(ファイティング・スピリット)」という"3つのF"を大切にしてほしいと考えています。なお、新卒採用実績では、ここ5年程は半数が女性(Female)ですね。
<質疑応答>
【石塚先生】
学生が日常的に履くアップシューズの機能と価格は、どの程度のものがいいでしょうか。
【中村さん】
専門性が高い日本女子体育大学の学生さんには、ミズノのシューズの中でも高機能になる1万円以上の商品をおすすめしたいところですが、7000円から8000円程度でも十分にいろいろな機能がありますね。
【学生A】
学生スポーツでの「エンドースメント」の現状を教えてください。
【中村さん】
ミズノでの学生との契約は全体の1割未満です。契約は注目度ありきですので、たくさんの人が見て、ブランド価値を高められるかどうかが判断基準になります。個人やチームとの契約ではありませんが、箱根駅伝は高い視聴率が期待できるため、主催者である関東学生陸上競技連盟と契約を結び、ミズノが大会をサポートしています。
【学生B】
新商品の開発期間を教えてください。
【中村さん】
商品次第ですが、新商品の展示会が年に2回あり、そこに向けて約1年半かけて企画・開発を進めます。また、オリンピックはスポーツ用品メーカーにとって大切な「見せ場」。4年に1度、世界中の人がテレビで観戦するお披露目の場ですので、デザインも機能も4年間かけてじっくりと開発します。ですから、マイナーチェンジは短いサイクルで行い、1から開発する場合でも最長4年間です。
【石塚先生】
アウトレットに対する企業としての考え方をお聞かせください。
【中村さん】
アウトレットモールへの出店を検討したこともありますが、B級品、アウトレット品の販売はブランド価値を落としかねないため、出店していません。ミズノはあくまでも"今何が求められているのか"を追求し、高い付加価値のある商品を小ロットで生産して売り切ることを大切にしています。それが利益につながると考えるからです。
【学生C】
モーションキャプチャーなどでの分析に基づく開発は定期的に行われるのでしょうか。
【中村さん】
定期的に実施したいですが、現実的には難しいのが実情です。陸上競技のように種目の多いジャンルではコストも膨大になります。また、ジョギングのように市場規模が大きいジャンルと比べて、競技人口の少ない種目ではより開発頻度は落ちがちです。ただしその分、トップアスリートなどと共同で新たに開発したときには、超一流の商品として「広め」ていきます。
【学生D】
ブレスサーモについてもう少し教えてください
【中村さん】
1994年にスキー日本代表向けのウェアで初めて採用し、大きな反響がありました。一般向けにもファストファッション業界よりも先に発売しましたが、魅力を伝える方法、宣伝の仕方がうまくいかなかった面もあります。現在は、女性向けの下着などもラインナップしています。
【石塚先生】
私は1994年に早速着用させてもらいました。雪降る極寒のクロスカントリー大会でも余裕の暖かさだった記憶があります。
最後に、中村さん。本日は、長時間ありがとうございました。