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オリンピックとスポーツマーケティング

上治 丈太郎さん

学校法人二階堂学園 評議員、日本スポーツ協会 評議員、国立大学法人鹿屋体育大学 経営協議会委員、笹川スポーツ財団 評議員、元東京2020大会組織委員会 参与、元JOC国際人養成アカデミースクールマスター、元スポーツ庁スポーツ審議委員会委員、元ミズノ株式会社 副社長 他


パリオリンピックの開会式まで2週間に迫った2024年7月12日、二階堂学園の評議員であり、長年にわたりスポーツ業界の第一線で活躍されてきた上治丈太郎氏をお招きし、「オリンピックとスポーツマーケティング」をテーマにご講演いただきました。近代オリンピックや国際オリンピック委員会(IOC)の概要、日本のスポーツ界が歩んできた歴史、オリンピック商業化の流れ、アスリートの契約形態など、お話は多岐にわたりました。また、当日は多くの学生をはじめ、本学園の石﨑理事長、深代学長他、複数の教員も参加。司会進行は健康スポーツ学科の前島光教授が務めました。
<2024.07収録>

近代オリンピックを運営するIOC

近代オリンピックは、古代オリンピックの思想・理念に魅せられたフランス人のピエール・ド・クーベルタン男爵の提唱により、1896年に第1回オリンピック競技大会がギリシアのアテネで開催されました。また、これに先駆けて1894年6月23日にフランス国内で会議が行われ、国際オリンピック委員会(IOC)の設立が決定されたため、6月23日は世界各国で「オリンピックデー」となっています。現在に至るまで、この近代オリンピックを統括しているのはIOCであり、本部はスイスのローザンヌにあります。IOCではフランス語と英語が公用語となっており、原則として会議は第1言語であるフランス語で行われます。またIOCには、下部組織として日本のJOC(日本オリンピック委員会)のようなNOC(国内[地域]オリンピック委員会)があり、全世界で206の「国または地域」にNOCがあります。

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また、オリンピックに関わるさまざまな議論をして決定するIOC委員は、定員が115人です。定年は2000年までは80歳でしたが、2001年からは70歳に引き下げられました。ただし、"余人をもって代えがたい"と判断された場合には、70歳を過ぎてからもIOC委員を続けるケースがあります。このIOC委員を束ねるのがIOC会長であり、現在のトーマス・バッハ会長は9代目です。1976年に開催されたモントリオール五輪におけるフェンシングの金メダリストであり、元々の職業は弁護士です。バッハ会長の前のジャック・ロゲ会長は、ベルギー出身の元セーリング選手であり、本業は整形外科医でした。東京2020が決まった際に「TOKYO」と読み上げた人物です。また、その前の7代目として20年間にわたって会長を務めたフアン・アントニオ・サマランチ会長は、スペイン出身の実業家で元外交官でもありました。日本で開催された1998年の長野オリンピックに尽力してくださった方です。

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IOCと日本のスポーツ界

このIOCと日本の関係を見ていくと、近年では元フェンシング選手の太田雄貴さんがIOC委員に立候補して当選され、日本人としては累計で16人目になりました。現在、日本人のIOC委員は3人おり、太田さんのほかに、国際体操連盟の会長である渡邊守成さんと、柔道で活躍された山下泰裕さんもIOC委員を務めています。日本人初、かつアジア人初のIOC委員は、「柔道の父」と呼ばれる嘉納治五郎さんであり、フランス語や英語が堪能だったといわれています。

嘉納治五郎さんは、現在の日本スポーツ協会の前進である大日本体育協会が1911年に設立された際に初代会長に就任された方でもあります。日本国内では戦後の1946年に第1回の国民体育大会が京都周辺で開催されました。その後、1961年に「スポーツ振興法」が制定され、2011年にはこれを改正した「スポーツ基本法」が制定。さらに、2013年には2020年オリンピックの東京開催が決まったことを受け、スポーツ庁も発足しました。現在は「第3期スポーツ基本計画」が進められています。なお、日本のスポーツ界は、先ほどのJOCではなく、日本スポーツ協会を中心にした組織構成となっており、日本スポーツ協会の下に都道府県の競技連盟や各種競技団体が位置づけられています。

ちなみに、日本人のオリンピック初出場は1912年のスウェーデン・ストックホルム五輪。日本人初・アジア人初の金メダリストは、1928年のオランダ・アムステルダム五輪の男子三段跳びで優勝した織田幹雄さんです。実はその6日後に鶴田義行さんも競泳男子200m平泳ぎで金メダルに輝いたのですが、日程の関係で織田幹雄さんが第1号になりました。そして、この大会で忘れてはならないのが、みなさんの大先輩である人見絹枝さんです。日本女性で初めてオリンピックに出場しただけでなく、陸上女子800mで銀メダルを獲得して日本女性初のオリンピックメダリストになりました。

その後、現在に至るまで日本人のメダル最多獲得は、体操の加藤沢男さんの3大会で8個です。海外では競泳のマイケル・フェルプス選手が23個の金メダルを獲得しています。日本チームとしては、東京2020での金メダルは27個でした。1992年のバルセロナ五輪以降は、獲得したメダルに応じて税金のかからない報奨金を国が支給する制度が導入され、ほかにも各競技団体から報奨金が支給されるケースもあります。

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オリンピックにおける実施競技の選定

話をIOCに戻しますと、IOCの重要な役割の一つは、オリンピックの競技や具体的な種目を決めることであり、東京2020では33競技339種目が実施されました。なお、例えば水泳の場合、「水泳競技」の中に「競泳」「飛び込み」「アーティスティックスイミング」という「種別」があり、「種別」の中に「女子100m自由形」などの「種目」があります。この「競技」「種別」「種目」という用語の正しい使い方は覚えておいてください。

また、原則として28の「コア競技」がありますが、これまでに1964年の東京五輪では柔道と女子バレーボール、1988年のソウル五輪では卓球とバドミントン、2004年のアテネ五輪では女子レスリングが、新たにコア競技として採用された経緯があります。これに加えて、各大会では開催国に応じて実施される競技があり、東京2020ではIOCのプログラム委員会を経て5競技が追加で選ばれました。各国で"ナショナルチャンピオンシップ"、要は全国大会が開催されていて、大会運営に問題は起きていないか、ドーピングの問題はないかなどを議論した上で決定されます。今回のパリ五輪でも同様に議論され、その結果、東京2020で実施された競技のうち、野球/ソフトボールと空手は除外されました。ヨーロッパでは野球とソフトボールがそこまで普及していないこと、空手はヨーロッパでも競技人口が多いものの、「型」の種目は勝ち負けが非常にわかりにくいという理由です。一方、パリ五輪では「ブレイキン」が採用されましたが、2028年のロサンゼルス五輪では実施されません。これも勝ち負けがわかりにくいとされたためです。

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オリンピック商業化の流れ

先ほどIOC会長を何人か紹介しましたが、5代目IOC会長であるアベリー・ブランデージ会長の在任中、1972年の札幌冬季五輪で、オーストリアのアルペン選手だったカール・シュランツがアマチュアではないとして失格になった「アマチュア問題」がオリンピック商業化の起点ではないかと私は考えています。

その後、1976年のモントリオール五輪からはオリンピック憲章が改訂されましたが、プロとアマチュアの線引きは難しく、グレーな定義のままでした。また、モントリオール五輪は第1次オイルショックの影響でメインスタジアムの工事が終わらず、開催国は膨大な予算が必要であることが露呈しました。そこから「膨大な予算が必要であること」を根拠として、すべてのIOCの知的財産を活用するオリンピックの商業化がスタートしたのです。

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オリンピックのマーケティング

いわゆるオリンピックの公式スポンサーは、各国のNOC、日本であればJOC内でいくつかのグレードに分かれ、トップスポンサーとなると費用は年間200億円ともいわれます。金銭的な負担だけでなく、商品や人的サービスの提供なども含まれます。例えば、会場内ではスポンサー企業の映像機器だけが使用され、スポンサー企業が製造・販売する飲み物だけを購入でき、スポンサー企業のクレジットカードだけが使えるといった具合に独占権を与えるのです。

また、トップスポンサーの下にはオフィシャルパートナーがあります。パリ五輪に向けては、JOCが代表選手の公式ウェアなどに描かれる団体ロゴをつくりましたが、このロゴをJOCのオフィシャルパートナーではない企業が広告などで使用すると、"アンブッシュ・マーケティングである"としてペナルティが課されます。さらに、オフィシャルパートナーでなければ「当社はパリ五輪の日本代表を応援しています」といった宣伝文句もNGです。日本選手団のオフィシャルパートナーであるとの誤解を生じさせるからです。

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スポーツ用品メーカーとアスリートの契約形態

さて、メーカーがシューズなどの商品を販売しようとする際、「メダリストが使っていた」となれば優れた商品であることをPRでき、販売促進に有効です。だからこそ、スポーツブランドはメダル獲得の可能性があるトップ選手やチームとスポンサー契約を結びますし、スポーツブランド以外でも、企業イメージ向上を目的にスポンサー契約を結び、アスリートがCMに出演するようなケースもあります。

例えば、選手個人の契約パターンとしては、まず「所属契約」があり、仮に"二階堂学園所属"となれば、二階堂学園がお金を出してシューズやゲームウェアなどを提供します。また、スポーツブランドとの「商品提供契約」では、例えば野球の場合、バット、グローブ、スパイク、リストバンド、バッティング用の手袋、サングラスなど、対象はさまざま。「アドバイザリー契約」となると、そのブランドの商品開発に携わることにもなります。さらにインセンティブがつく契約を結べば、例えば「世界記録を出した」「メダリストになった」といったケースにはボーナスが支給されます。

一方で、アスリートはケガで離脱することもあります。そこでスポンサー側は、ケガのほかにも不祥事を起こした場合などを想定して「減額条項」を契約書に明記しておきます。さらに、例えばサッカーの場合、試合出場で何ポイント、シュートを打って何ポイントといった査定ポイントがありますし、サッカー選手はGPS機器をウェア内に装着して試合に臨みますので、「試合で何km走ったか」といった内容も契約内容や契約金決める際の基準になり、契約は非常に複雑になっています。

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ゲームウェアとスポンサーロゴ

個人ではなくチーム単位でスポンサーと契約を結ぶ場合、ゲームウェアや移動中のユニフォームに、さまざまなスポンサーのロゴマークが刺繍やプリントで描かれていることはご存じだと思います。最も高額なのは胸の部分とされ、複数のロゴマークが入ります。また、肩の上は見えにくいようにも思われますが、試合中に前かがみになる種目では目立つ場所とされています。日本代表チームでも各競技団体がスポンサーを募集し、メディア露出が多い競技ほど、金額は高くなります。

ただし、オリンピックに限っては規定があり、日本選手団のウェアの場合、ソックスなども含み1アイテムにつき1箇所、アシックス社のロゴが入るだけです。ただし、シューズは例外とされ、ベロの部分には規定があるものの、側面にあるナイキのスウッシュマークや、アディダスの三本線などはデザインの一部として許容されています。

ちなみに、オリンピックで着用するゲームウェアやシューズなどの用具は、「オリンピック開催前から一般市場で販売され、誰もが店頭で買えるもの」と定められています。かつて競泳において、大会直前に「レーザーレーサー」という水着を提供された選手とそうでない選手に分かれたのですが、「レーザーレーサー」を着用した選手ばかりが上位に入ったため、提供されなかった選手が不公平だとIOCに訴えた結果です。

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2024年 夏季オリンピック パリ大会

いよいよパリ五輪が開幕しますが、今回ロシアとベラルーシは国単位では参加しません。個人資格で25人ほどが出場しますが、金メダルを獲っても国歌は演奏せず、クラシック曲などを流すことになります。また、今回のパリ五輪では、スタジアムではなくセーヌ川で行われる開会式も注目されています。とはいえテロ行為などの不測の事態を考え、いくつものプランが用意されているといいます。既に主要な地下鉄の入り口は閉鎖され、当日はパリの上空の半径150km圏内は航空機が飛行できないことにもなっています。

なお、JOCとしては今回の金メダルの目標数は設定していないようですが、日本代表の活躍に期待しましょう。

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〈質疑応答〉

[Q]オリンピックの開催国はお金がかかるとのことでしたが、何に最も使われますか?

東京2020では総額1兆7000億円くらいといわれていますが、競技会場や選手村の建設費が大きいと思います。負担するのは、国と開催都市、そしてスポンサーです。

[Q]選手はどのような状況になると契約を打ち切られてしまうのですか?

[Q]所属契約中に選手が病気になってしまった場合でもスポンサーは支援し続けるのでしょうか?

例えば陸上選手が企業と所属契約を結んだ場合、指定期間内に指定の大会で表彰台に上がれないと、契約が打ち切られる可能性があります。ただ、表彰台に上がれなくても、自己ベストを更新できていれば継続してもらうことはありますし、本人との協議の上で判断します。また、さまざまな「減額条項」などは契約時に設定しますが、本人の責によらない病気であった場合は、支援は継続することが多いと思います。

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[Q]オリンピック開催前からの販売実績が条件といいますが、オーダーメイドはどうなりますか?

[Q]競技団体がスポーツブランドと契約を結んだ際の拘束力について教えてください。

オーダーメイドは、メーカーが選手から注文を受ければつくりますが、競泳での「レーザーレーサー」のように、トップ選手しか使えない状況ではなく、ベースとなる商品は誰でも買えることが条件になります。

2つ目の質問については、契約内容によって拘束力が発生します。現在の女子バレーボール日本代表は、全員がミズノ社のシューズとする契約ですが、同社のシューズが合わない選手は他社製のシューズにマスキングして試合に出場しています。かつてはサッカー男子のA代表もスパイクのブランドが決まっていましたが、同様に選手によって"合う・合わない"の問題があり、スパイクだけは個人での契約を許可した経緯があります。

[Q]タトゥーでブランドのロゴなどを入れるアスリートはいますか?

ナイキが大好きなアスリートや、アディダスを愛してやまないアスリートなどもいて、実際にタトゥーでお気に入りブランドのロゴを入れるケースもあります。五輪の中継では、なるべく映らないようにしますし、例えばゲームウェアがノースリーブで、上腕のタトゥーが目視できるような場合には、テープを貼って隠してもらいます。中には「タトゥーで宣伝しているのだから」とボーナスを求めてくるケースもありますし、表彰台の上やインタビュー中に自分が契約しているメーカーのシューズを顔の近くに持ってくるアスリートもいます。これも「宣伝していますよ。ボーナスください」というアピールの場合が多いですね。

[Q]スポンサーになりたい企業が想定より多かった場合にはどうなりますか?

アスリート個人や競技団体の考え方にもよりますが、競技場内と移動時など、露出させるシーンに応じて使い分けるケースが多いですね。

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【深代千之学長より】

上治さん、ありがとうございました。学生のみなさんも積極的な質問があり、とても有意義な時間になったと思います。私は学長になって5年目ですが、1年目に「ネーミングライツ」の導入を提案したものの実現できていません。非営利団体である大学でもマーケティングの観点を取り込んでいく流れがあり、大学スポーツのウェアに企業ロゴを入れる事例も出てきています。上治さんには今後、本学でのこうした取り組みにもお力添えいただければと思っています。本日はどうもありがとうございました。

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