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ダンスで食べていくのに必要な「自分基準」と心構え
勝山 康晴さん
■ロックスター有限会社 代表取締役・コンドルズプロデューサー
本日の講師は、ロックスター有限会社代表取締役・コンドルズプロデューサーの勝山康晴さんです。勝山さんは大学在学中に、友人と共にコンドルズを立ち上げました。勝山さんがプロデュースしたNHKホール公演は即完売となり、コンテンポラリーダンス界で快挙を成し遂げています。本日は、コンドルズが成功を収めた要因や、ダンスを仕事にするための心構えをお話しいただきます。
<2019.07収録>
僕がプロデューサーを務める「コンドルズ」は、振付家でダンサーである近藤良平を主宰としたダンスカンパニーです。メンバーはすべて男性。学ラン姿でダンス、生演奏、人形劇、映像、コントなどを展開しています。
コンドルズを結成したのは1996年で大学生の頃。100名規模の劇場からはじめ、最盛期は年間3万人の観客を動員しました。コンテンポラリーでここまで人を集めることは容易ではありません。今回はコンドルズの軌跡をお話ししつつ、ダンスを仕事にしたい人に知ってほしいことをお話しします。
ここにいる方はコンテンポラリーダンスをしている人が多いですよね。僕自身、コンテンポラリーをずっとやってきたし、これからも続けていきたい。そして、みなさんにも続けてほしいと思っています。そんな僕の想いを頭の片隅におきつつ、聞いてもらえるとうれしいです。
プロとアマチュアの基準は、人それぞれ違っていい
コンテンポラリーのプロとして仕事をするなら、必ず考えてほしいことがあります。それは「プロ」の定義です。
スポーツ選手や音楽ならわかりやすいですよね。スポーツ選手だとプロリーグとの契約、音楽ならメジャーデビューすることができればプロ。
では、ダンスのプロはどうでしょう。ひとつの基準になりそうなのはアルバイトをせずに生計を立てられるか。では週4日ダンスを教えている人はプロでしょうか?
コンドルズのメンバーも皆、なにかしらの形でダンスを教えています。教える仕事がプロでないと定義するならば、コンドルズのメンバーは一人もプロではありません。
このように、ダンスの世界はプロとアマチュアの境界線が曖昧です。だからこそ、その境界線を自分の基準で決めることが重要。たとえダンスとは関係ないバイトをしていても、「コンテンポラリーで少しでも収入を得ていればプロだ」とあなたが決めたなら、それでいいのです。
コンテンポラリーで稼ぐことは、かなり難易度が高い
日本国民の最低年収と最高年収のちょうど真ん中にいる人の値を測定する中央値では、平均年収は約360万円です。月収では30万円。厳しい話をすると、継続的に月30万円以上稼いでいるコンテンポラリーのダンサーは、ほとんどいません。
稼ぐのが難しい理由は、ダンサーをマネジメントする事務所がないこと。
たとえば役者なら、事務所が売り込みをしてギャラの交渉をしてくれる。この「自分以外の売り込み」に非常に重要な意味があります。
自分で売り込んだ場合、安いギャラで仕事を受ければその程度だと思われるし、値上げを交渉すればお金にうるさい人だと言われる。どちらにしても評判が悪くなります。
しかし、コンテンポラリーはバレエなどと比べ、市場規模が小さく集客に苦戦します。コンドルズ以外で地方でのコンテンポラリーのイベントはほとんどありません。そのような状態なので、事務所を立ち上げようと考える人が少ないのです。
「人柄がいい」という評判が、舞台の仕事をつなぐ
舞台の仕事をしていこうと思ったら「人柄がいい」という評判はとても大事です。舞台の現場は演者やスタッフのエネルギー量が多くテンションが高いので、ピリピリした雰囲気になりやすい。だから、その雰囲気を和らげてくれる、人柄のいい人と働きたいと皆が思います。もちろんスキルも大事ですが、それ以上に人柄のいい人に依頼が集まる。
この話を聞いて、「私、人柄よくないけど大丈夫かな」と思う人がいたら、これからは悪口やネガティブなことは言わないようにしましょう。
「チケットがとれない」という状況を生み出した戦略
コンドルズが成功した理由はいくつかありますが、ひとつの要因はまずメンバーのほとんどが結成当初、ほかに仕事をもっていて生計を立てられていたこと。ふたつ目は呼ばれた時にしか公演をやらなかったことです。自分たちの手打ち公演をしていなかったので、費用の持ち出しがなく、経済的な負担を抑えて公演をすることができました。
しかし、数年もすると、呼ばれた公演に出演するだけでは、5年後どうするかという長期計画を立てるのが難しいと、僕たちは気づきます。
そこで、勝負をかけて東京グローブ座のフェスティバルに参加するオーディションに参加し、ギリギリで合格することができました。
グローブ座では2,000人の観客を動員し、ひとつの成功をおさめました。次の戦略として考えたのは、「コンドルズはチケットが取れない」というイメージをつけることでした。
そこで、次の劇場はあえてキャパの少ない1,000人の劇場を選びました。すると当然、チケットは取りにくくなる。その次は2,500人のキャパで公演し、その後はキャパが狭い600人の劇場という具合に、大小の劇場を交互に繰り返し、少しずつ最大キャパを広げる戦略をとりました。
劇場のキャパを見ていれば、「あの規模でやれば、当然チケット取れないよね」と、すぐわかります。でも、人って重要な情報以外の細かいことは忘れてしまう。だから、結果的に狙い通り「コンドルズのチケットは取りにくい」という印象をもってもらえました。
そして、こんな状況の中で一生懸命チケットを取ってくれたお客さんは、「私がコンドルズを大きくした!」という熱心なファンに変化してくれました。
公演を見にきてくれた人が、友人に伝えやすい特徴を打ち出す
ファンが増えていく時に、重要視したのは一般の方のクチコミです。宣伝動画でも特徴は伝わりますが、リアルで熱量のあるクチコミには勝てません。
だからこそ、クチコミで説明しやすい特徴のあるパフォーマンスを心掛けています。たとえば、コンドルズなら「男ばかりで学ラン。踊りは下手くそだけど、それがかえって面白い」という感じです。
コンテンポラリーは、とくに良さを伝えるのが難しいジャンルなので、一般の人が友人に伝えやすい、キャッチーで面白いシーンを入れるように今でも意識しています。
表現者はつい自分のやりたいことに偏りがちですが、僕らの仕事は人に見てもらって初めて成立する。だから、公演のなかでわかりやすい部分は必要です。1時間の公演なら15分は必ずわかりやすい演出をいれる。残り45分でやりたいことをやればいい。
ダンスカンパニーとして社会的な信頼を得るために
結成から5年が経ち、観客動員が増えてきた頃に考えたのは、コンドルズの社会的信頼を上げること。
なぜかというと、誰に仕事を任せるかを決める意思決定者は40~50代の管理職で、コンドルズを知らない人がほとんど。そのため、誰もが知る劇場での実績を作り、安心して仕事を任せてもらえるようになりたいと考えました。
そこで、仕掛けたのが渋谷公会堂での公演。それまでも数日で3,000名の動員は達成していましたが、平日の火曜1日で2,300人の観客を集めるという、なかなかハードな条件でした。
そこで実行したのはチケット価格の大幅な値下げ。通常の4,000円から2,005円(その年が2005年)にして、ほぼ半額に値下げしました。
すると、コンドルズの公演の常連さんが、「半額なら友達の分も買って一緒に行こう」と、いつもより多く買ってくれて、チケットは即完売。渋谷公会堂を満員にしました。
その後からTVやメディアでの露出が増えました。主宰の近藤が振り付けをしたり、ほかのメンバーもラジオのレギュラーや、雑誌の連載をするようになったり。
今でもコンドルズは、振り付け、地方のワークショップ、公演のプロデュースなどの公演以外の仕事をかなりやっています。たとえば、NHK大河ドラマ「いだてん」の振り付けもコンドルズの仕事。こうした外部の仕事を精力的に受けて、メンバーの生計を立てて、年に数回の公演の制作費にあてています。
カンパニーをうまく機能させるポイント
カンパニーでやってきて思うのは、メンバー同士の仲が良いことは大事。「え、そんなこと?」と思うかもしれないけど重要です。
仲が良ければ、地方公演の時に部屋は2人1部屋でいいし、自由席で移動できる。でも、仲が良くないと一人部屋がいい、指定席で一人になりたいとなってしまう。これだけでコストが全然違います。
もちろんベタベタし過ぎはダメですが、チームの仲がいいことは、長く仕事をする上で非常に大切です。
そして、照明、音響、舞台、映像のスタッフとも仲良くするべき。仲が良くて、あうんの呼吸で準備ができると仕込み時間が短くて済む。逆に、意見が合わなくて仕込みが3時間中断になると、時間も劇場費も余分にかかります。
また、カンパニーを作る時には、リーダーだけでなく2番手のポジションの存在を確保するとよいです。トップ一人で他メンバーが一律だと、トップとメンバーの距離が離れてしまうから。2番手がいれば、メンバーはトップに言えない不満や悩みを相談できます。
そして、2番手はマネージャーのような役割をこなせるタイプがいい。コンドルズでいえば、トップは近藤で、僕が近藤を売り込む立場を担当しています。
誰かが褒めているのを聞けば、そんなに面白い人なら会ってみようと思われるし、少なくとも本人以外に一人は熱狂的に認めている人がいる事実を伝えられます。
さらに、カンパニーの利点は、オファーが重なっても後輩や仲間に仕事をふれること。たとえば、近藤への依頼があったら、藤田というメンバーをアシスタントにつけます。そこで依頼主との信頼関係ができれば、次に依頼があって近藤が動けなかった時に、「じゃあ、藤田はどうですか?」と提案でき、チームとして仕事を受けられます。
コンテンポラリーを仕事にするなら、組織を作ることが大事
チームでやっていきたい人は、早期の法人化を勧めます。コンテンポラリーで法人化しているところは少なく、うち以外に1社くらい。名刺に会社の名前が入ると社会的な信頼が違います。税理士に相談して手続きをすれば、意外と簡単に会社は作れますよ。
ソロでやりたい人も、仕事を共有できる親しい間柄の人がいるといい。なぜなら、依頼側が一番嫌がるのは仕事に穴があくことだから。万が一の時に、代打が立てられると発注側も安心です。
それと、ソロでやりたい人は振り付けができたほうがいい。ダンサー一本で食べていくのはかなり難易度が高いです。振り付けができればワークショップ、CMやPVの仕事ができる。こうした仕事はギャラもいいし、人脈も広がります。
ここまで、コンドルズがどう成長してきたか、コンテンポラリーを仕事にするにはどうしたらいいかを話してきました。何か質問はありますか?
【学生A】勝山さんはすごく頭の回転が速いと思うのですが、どうすれば頭の回転が速くなりますか?
【勝山さん】頭の回転が速いかはわからないですが、コンドルズの戦略はロックバンドの成功手法を参考にしています。ほかの業界の成功手法を、自分の業界で試してみるというのは非常に有効です。
【学生B】渋谷公会堂の公演は、2,005円に値下げしましたが、黒字でしたか?
【勝山さん】公演だけですべて黒字にするのは、なかなか難しいです。そこで力になってくれるのが助成金。
収益を上がりにくいけど残していきたいジャンルのアートには、文化庁から助成金のサポートがあり、
書類審査を通過すると助成金を受けられます。3年くらい申請していれば通ることが多いようです。
コンドルズをはじめダンスカンパニーのほとんどが助成金をもらっています。金額や採択数は減少傾向にあるので、今後も当てにできるかは未知数ですが、とても重要です。
【学生C】勝山さんはとても戦略家ですが、外れたことはありますか?
【勝山さん】間違えたこともあります。先ほどのチケットが取りにくいと思わせる戦略を3年ほどしていたら、「チケット取れないならいいや」という方が増えて、売れ残るようになってしまった。
その時に、先ほどお話しした渋谷公会堂の公演を行いました。イメージ戦略は大事だけどやりすぎは注意しなければいけないですね。
【学生D】はじめての公演はどんな風に始めて、どのくらい予算がかかりましたか?
【勝山さん】はじめての公演は、神楽坂にあるセッションハウスの館長 伊藤さんが、「コンドルズとして、ひとつ好きなものを作りなさい」と、公演をプレゼントしてくれました。トップの近藤が客演で出ていて伊藤さんとも親しくしていて、いただいたチャンスでした。製作費はすべて負担してもらえたので費用はかかりませんでした。
まず30分の公演を作ったら評判がよく、すぐに「2回目をやろう」という話になり、次は90分でコンドルズの単独公演を実施。400人の観客を集めて順調に客足も伸びました。すると、「定期的に公演をして」と言われ、年に1、2回のペースで公演をするようになった。
コンドルズは少しまれなケースだと思います。みなさんがやるとしたら、最初の公演で人を集めるのに一番苦労すると思います。でも、最初だからこそ友達や親戚などは来てくれるはず。
根拠はないですが、僕が編み出した数式によると「呼べる人数=(年齢-10)×10」。みなさんは一人で100人くらい呼べます。そして、年齢を重ねるほど人間関係のつながりは増えていくので、呼べる人も増えます。
公演1~2回目の観客数が勝負なので、プライドを捨てて誘いましょう。自分たちのエネルギーやガッツが試されていると思ってください。今なら500人を2回超えたら、それだけで話題になります。
【学生E】営業はどのようにしているのですか?
【勝山さん】
まず、ちょっとした知り合いを作って、人のつてを辿って電話をかけまくりました。つらかったですよ、折り返しはかかってこないし。最初は大変でしたけど、少しずつつながっていきます。
営業に行く時の注意点は、スーツを着て営業に行かないこと。コンテンポラリーのようなアウトローなことをしているのにスーツは合わない。僕はアニメやロックTシャツを着ています。すると話のネタになるし、覚えてもらえる。売り込まれる相手は、また営業かと思っているから、ふらっとガンダムのTシャツ着ていく方が印象に残るみたいです。
また、小さくてもいいから記事に載ると影響があります。コンドルズもまず「ぴあ」に小さく取り上げてもらい、そこからダンス専門誌、情報誌、女性誌、一般誌に取材されるようになりました。
情熱大陸に出演した時もそう。以前から候補にあがっていたものの、なかなか出演が決まらない状態でしたが、NHKのトップランナーという番組にゲストで出た後に、情熱大陸への出演も決まった。そこからメディアに呼ばれるようになりました。
【学生F】コンドルズの5年後をどう考えていますか?
【勝山さん】最盛期が過ぎて、今は小康状態。今後爆発的に増えるとしたらメンバーが3名死んだ後かな(笑)今、取り組んでいるのは、元々やりたかった子どもや障がい者向けの公演や地方公演です。10年間、障がい者のみなさんと私たちのメンバーで公演をしていますが、とても評判がいいです。
そんな評判を聞くと、コンテンポラリーはまだまだ広めていけると思っています。高齢化が進んでいるのも追い風。コンテンポラリーは高齢者でもできそうですよね。そのあたりのニーズはまだ眠っていると思います。
【学生G】勝山さんにとって、ダンスはビジネスですか?それともパッションですか?
【勝山さん】僕はダンスに対する情熱より、舞台作品をつくることに情熱があります。一般的なプロデューサーと違って、制作にはかなり口を出します。音楽は僕と近藤で決めているし、作品づくりにも深く関わっている。
ハリウッドではヒットの法則が決まっています。15分でこんな展開があって、ここでラブシーンを入れて、というセオリーがある。そんな風に公演をつくるのも面白い。アーティストのわがままで90分を作るよりも、そのほうが観客にはわかりやすいです。
コンテンポラリーは筋が通っていれば何でもありだし、センスの勝負なところがいいですよね。
もちろん、ビジネスではあるけど割り切ったビジネスではまったくないですね。公演の1週間前は夜中3時くらいまで働いて、翌日10時には稽古ですから。この歳になると、体力的に疲れる時もあるけど楽しんでやっています。
ダンスという夢中になれる宝に、すでに出会えていることが素晴らしい
最後にお伝えしたいのが、みなさんはすでにダンスという宝に出会えていて、それはとても価値があるということ。世の中には、大人になってやっと夢中になるものに出会えた人がいるし、出会えていない人だってたくさんいる。自分が夢中になるものと出会えている時点で、ほかの人より一歩秀でているのです。
そして、みなさんがダンスという宝に出会えている理由は、きっとほかの人より人生に対して貪欲だから。中学や高校でダンスと出会って磨いてきたから、日本女子体育大学で学べているのだと思います。
プロになるのもいいし、ならなくても踊れる場所は意外とあるので、ダンスは一生続けられます。
誰にとっても仕事、家庭以外のサードプレイスは必要だけど、みんなにはもうダンスがある。だから生き甲斐をなくすことはないでしょう。
たとえば、プロ野球選手になって30歳でやめて焼肉屋の経営者になった人。プロになっていないけど、野球が好きで80歳でも毎週草野球をしている人がいたとします。
どっちが野球の神様に愛されているのかといったら答えはひとつじゃないし、どちらにも価値がある。みなさんが自分のやり方を見つけて努力するなら、きっとダンスの神様が愛してくれると思います。